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定年親父のコンピューター備忘録(5) RPGⅡとの出会い


本日は自分の備忘録となりますので興味の無い人(多分全員)はパスしてくださいね(笑)

んー  いかん、前回RPGⅡとの出会いなんて書いてRPGⅡの事は全く書いてなかった。
WindowsやらOS2やら、脱線で終わってしまった。(笑)

さてRPGⅡですが多分パソコンのみしかやった事が無い人は全く知らないでしょうね。

元々はIBMさんが社内用に作った簡易言語だったそうです。
Report Program Generatorの言葉どおり、報告書を作る為の言語だったらしい。
非常に良くできているのでオフコンに搭載したという話ですが。
これがS36SXという今のタワー型パソコン程度のサイズのオフコンから、銀行に設置される位の
大型オフコンまで動作(厳密に言うと36用、38用とちょっと違いますが)したので凄い事です。

ま、RPGⅡの説明を書こうとしましたが、前回もリンクしたこのページがあまりに詳しく書いているので恥ずかしいので説明はそちらにお任せします。

ま、一言だけ言うとプログラムは仕様書という細かく規定された仕様にしたがって記述します。
逆に言うとそのとおり書けば割合と簡単に高度なプログラムが出来るという事になります。

プログラムを作っている人は判ると思いますが結構データベースのIOは面倒なものですが、
IOを仕様書に従って書けば良い、というのはかなり工数の低減になると思います。
またS36当時の内部記述から外部記述になり簡単だったIOが一層簡単になりましたね。

プログラムを習得してからは社内システムのコンピューター化をどんどん進めました。
またパソコンソフトもマルチプランとかワープロソフトが導入されて、パソコンがどんどん導入されていきました。

またここで脱線。マルチプランも懐かしい!! 
ビジカルクは一般には広がりませんでしたがマルチプランはよく出来たのだと思います。
EXCELに乗り換えた時にはEXCELは使いにくい、と思った位でした。
ロータスからはロータスI23が発売されて結構しのぎを削っていたような気がしますが私は
マルチプランが好きでしたね。

で、元の線路に復旧してと・・・・

社内システムでは生産管理、給料計算、人事系等ありとあらゆるシステムを構築しました。
給与計算だけは基本システムは外注委託しましたがその後の変更から、年末調整、算定基礎届処理など、周辺処理は全て社内開発しました。
おかげで給料計算とか、年末調整の仕組みとか、色々と覚えさせて貰いました。
今は忘却の彼方ですが(笑)

給料関係では年末調整の計算が中々合わず、労務担当者と喧々諤々で徹夜したのも今となれば懐かしい思い出です。

そういえば今は全てネットが発達してデータはネットワーク経由で送受信するのが当たり前ですが、当時は専用回線で送受信するのが当たり前。
勿論そんな専用線は超高額で一般企業には手も足も出ず。
給料計算が終わると全員の給料データを印刷して銀行に届けた時代がありました。
暫くそんな事をしてましたがこれだと銀行はまた手入力する必要が有り、その後FDDでの受け渡しに変わりました。
ここで例の8インチFDDが登場します。
FDDは5インチが出てきていましたが、各社間の受け渡しには8インチを使うのが標準でした。
多分フォーマット形式が統一されていたからだと思いますが。
とはいえ、確か片面、両面、標準、倍密とか色々有ったような・・・・
非常に便利になったような記憶です。
暫くそんなやりとりを重ねて、その後通信(電話回線)に変わるのはそんな時間がかからなかったと思います。

さて、次は多分RPGではあまりやる人は少なかったと思う通信系でも書きましょうか・・。




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定年親父のコンピューター備忘録(4) RPGⅡとの出会い

オフコン導入後はただひたすらシステム開発の日々。

あ、忘れてた、その前にソフトのお勉強が!!

元々N88BASICしかやった事が無い私にはオフコンの言語は全く未知の世界。
前述したようにRPGⅡなんてIBM独特の言語で巷にそんなソフトの本が有るわけない。

導入したコンピューター会社の講習会に参加して必死に習いました。
もうその頃の事は忘れたけど、他社の人とか何人かと一緒にやりましたが、その中では多分最高齢。
若い奴に負けては!と頑張ったような気がしますが何とか習得できたような・・・・。

私の場合はN88BASICでプログラムの経験は有りましたがN88BASICの自由さ(今考えりゃ適当さ)とRPGⅡの記述の厳格さに文句言いながらやってたような気がする。
多分COBOLなんかを知っている人だと早いと思いますが。

脱線するけどCOBOLなんかも今は死語に近いのでしょうかね?
それとも銀行系ではまだまだ健在なんでしょうか?


さて、オフコン導入と同時に買掛処理システムを導入会社に委託開発して本格活用を開始。
今考えればそれまでよくハンド処理でやっていたものだと思います。
その後給料計算のシステムも外注委託で開発し、本格運用開始。

そのあたりからコンピューターの便利さが社内に判るようになり、コンピューターの担当も増員され、
本格的な社内開発が始まりました。

同時にパソコンの増設なども急激に増えていきました。
中小企業の悲しさで外注費用削減からパソコンのセットアップや配線は極力自分達でするのが当たり前。

お蔭でOSのインストールやハードウェアのセットアップなど全てやらなければいけないので逆に良く覚えたような気がします。
CONFIG.SYSとか、INIファイルとか・・・・
ま、間違えて再セットアップなんてのもザラだったような(笑)

最初はMS-DOSのキャラクターの世界。
その後WINDOWSが出てきて驚いたものです。

Windows3.1、95、98・・・・ こうやって振り返るとOSの変化も凄いですね。

そうそう、OS2を忘れてました。
確かWIndows95と同じ頃じゃ無かったかな?
Windows95は一応マルチタスクなんて言ってたけど勿論本当のマルチタスクじゃ無かった。
OS2はその点しっかりしていました。
開発者にはマルチタスクは本当にありがたいものです。
その為に新し物好きの自分はOS2をインストールして使ってました。
但しOS2はIBMが作ったにも関わらず、非常にインストールが大変なOSだったと記憶してます。
当時はインストール媒体はFDDのみ。それも20数枚だったような・・・・
インストールに失敗するとそれの繰り返し。
でもしっかりとインストールできると結構快適でした。

あれがインストールしやすくてどの機種でも稼働したならWindowsを席巻していたような気がしますが・・・ IBMさんの最大の失敗だと今でも思っています。

さてとその後は何をしてたんだろう・・・・



定年親父のコンピューター備忘録(3) オフコン導入

さて、会社ではオフコンの導入検討開始。

パソコンからオフコン…当初はチンプンカンプン。

結局各メーカーの営業の言葉と実際のシステムを見て判断するしか無かった。
最終的にはIBMのシステムに決定。

その当時はIBMの鼻息は凄かったなぁ!
値引き要求するなら売りません、位の雰囲気だった。

価格は別として最終的に決めた判断は、将来このシステムが容量不足になって上級機種にした場合の問題だった。
IBMはプログラムもデータも全て上級機種で使うことが出来ます、との回答。
他社の場合はシステムが変わったりコンバートが必要になる場合が有るとの回答。
購入予定の機種は最下位クラスだったのは明白なので将来拡張しても変更が不要、という言葉に飛びついた。
その後AS/400、 iSeriesと変化していったが当時の選択は間違っていなかったと自信を持って言い切れる。

で、購入したのはS36SXという機種。
これがオフコン?という位可愛いサイズだった。
何と机の横にチョコンと置いていたんだから・・・・・


そしてその端末としてマルチステーション5550というパソコンも数台同時購入。
FDが3つも付いている、と感動したことを記憶している。

5550-2.jpg

FDが記憶媒体なんて今考えると想像つかないだろうね。
その後HDDが発売されたが最初はFDから起動したんだから起動時間は一体どの位かかってたんだろう?


さて当時はオフコンの端末として使う場合はオフコンとの接続はSNA接続と言って専用のツインナックスケーブルでの接続方法だった。勿論LANなんてものは存在してませんでした。

オフコンの言語はRPGⅡというIBM独特の言語。
ロールプレイングゲームじゃ無いですよ(笑)
COBOLとかの選択肢を選ばなかったのは多分IBM推奨、という事とこちらが他言語に対して無知だったせいでしょうね。でもIBMを使う限り正しい選択だったでしょう。


勿論当初は全く判らないので何日か講習を受講してお勉強。
楽しい日々でした。

しかしオフコンを導入してもシステムは無いので勿論最初のシステムは外注委託。
その後言語を覚えて段々と社内開発していった。
システムが増えるにつれて端末も増えていき、5550シリーズからPS55シリーズに受け継がれていく。
かなり記憶は失せてきたが下記のHPを見て本当にその頃が思い出されて懐かしい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%81%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B35550#.E6.A6.82.E8.A6.81


またケーブル配線なども当初は専門業者に全て委託していたがパソコンへの接続などは自分でするようになり、
昔得意だったハンダ付が変な所で役立ったのを記憶している。

ちょっと脱線するが若かりし頃は自作ステレオに嵌った時期が有り、アンプとかスピーカーは全て自作していた。
当時のアンプは真空管であの光が本当に味が有った。

さて、パソコンに戻るが当時導入した5550が本格的なPC/ATマシンと思うが。

世の中はまだまだNECが席巻していたと思うけどIBMを導入した関係で結構早くPC/ATへの転換が
出来たような気がする。

さて、疲れたので一息・・・・

定年親父のコンピューター備忘録(2) BASICとの出会い

さて、購入したPC8001はスペックは前回に書いたように信じられない位の低スペック。
でも当時は画期的だったんですよ。
ディスプレーは最初は確かテレビを接続したような? 違ったかな?
どちらにしても画面は80X24文字。勿論漢字は使えない。
全てカナか、ローマ字。
その影響で今でも当時にパソコンを習得した人は大体カナ入力を基本としてるんじゃないかな?

で、そんなパソコンで最初はマシン語(今は死語かしら)でゲームしてましたが、多分プログラムとは何かがおぼろげにでも理解するのに役立ったような・・・
アセンブラじゃとても業務ソフトは作れないのでかの有名なN88BASICのお勉強開始!

最初は集計プログラム、ま簡単に言うと縦横計算のソフトを作りました。
で、それを使って自分の業務の集計作業の効率化を図ったと思う。
今ならEXCELで数分で出来るような事をBASICで作るんだからまあ大変!!
出来たソフトは一応電卓叩くよりは早かったんじゃないかな?

そんな事をシコシコやっているうちに新機種のPC8801が発売された。
調べてみると1981年発売だそうな・・・・
その頃に会社の上司に相談して会社で初のパソコンを導入。
自宅では手が出なかったフロッピードライブも一緒に購入して貰った。
確か本体が10数万円なのに2ドライブのFDが確か定価で40万円前後だったと思う。
なんと当時は8インチですよ!
それでいて容量は720Kbじゃ無かったかな?
カセットテープでシコシコ録音、いや保存していたのと比較すると超高速だと喜んだのを記憶している。

これで次は何をしたかというと、何と生産管理システム(まがい?)の構築。
今考えると生産管理なんておこがましいが、ま、何処に、何が、何個有るのか、画面で確認出来るのは
素晴らしい事だと考えていたと思う。

当時苦労したのは今では勝手にシステムがやってくれるソートやら、検索まで自作する必要が有った事。
一生懸命本を読んで作ったものだ。
今では殆ど忘れたが確か二分木検索なんていう検索方法を使ったような??
漢字が使えるようになったのはこの機種からかな?

まあ、BASICで生産管理とは今考えればよくもまあ作ったものだ。
エディタも機能は最小限なのでデバックは印刷してやっていたような気がする。
確か広げたら部屋一杯になったのが記憶にある。
なんかこんな凄いの作ったぞ、てな自己満足だったかも(笑)

そうこうしているうちに、コンピューターは将来必要になりそうだ、という事でパソコンに詳しいから、
という理由でオフコンの購入の検討をする事になった。

次はオフコンとの苦闘?の日々・・・・かな?


定年親父のコンピューター備忘録(1) 全ての始まりはPC-8001

定年過ぎて暇になり、自分は何をしてきたのかちょっと残したくなった。
で、その悪戦苦闘の日々をちょっと書いてみたりして。

ま、自分の年代の人は多かれ少なかれ似たような日々を過ごして来たんでしょうね。
そんな日々を自分の備忘録として残そうと思います。


さて自分のサラリーマン人生は現場実習を最初に技術系、品質管理と色々やりました。
その後途中からコンピューターに関わりどっぷりとコンピューターにはまり込んだ人生。

最初に購入したパソコンはNECのPC8001。

もうPC8001何て知っている人はいないんだろうな。
PC8001.jpg

ネットで探したら写真が有った。
こんなんだっけ?(笑)
ROM24Kb、RAM16Kb なんとバイトですょ!!
定価は168、000円だったそうです。
写真などは下記を参考にさせて貰いました。
このサイトはすごいですね。当時の事が本当に細かく書かれてます。
http://www.itoi.jp/time41.html  

このサイトのMZ-80Cも懐かしい。
会社でNCのプログラミングは確かこれを使っていたような記憶が・・・
MZ80C.jpg

なんでパソコンに関わったかと言うと、当時の仕事は集計作業が大変な業務。
当時は集計は算盤が主流。残念ながら算盤はトウラマ。
小さい頃算盤塾に行かされたけど算盤2つでスケートやって怒られて・・・
算盤塾の先生から断られる始末。

仕方ないので手計算で集計するけど最後に縦横計算すると縦と横の合計が合わない。
理系なのに算数は不得意という悲しい男の悲哀を日々感じてました。

で、その頃パソコンを使うと何でも出来る、なんて記事に踊らされて集計も簡単に出来るのでは?
なんて事を考えたのが運のつき(始まり?)

パソコン雑誌を買いまくり、最初はマシン語(懐かしい)でゲーム打ち込んで結局ゲームしてたりして。

マシン語なんで入力ミスしていると暴走したりして(笑)
そんな事をしていても仕方ないのでN88BASICを覚えたのが最初。
ソフトは何とカセットテープに保存しました。
今考えると信じられない。
保存中の「ピーヒョロヒョロ」が懐かしい。
ま、自分の年代は皆一緒だったと思います・・・・

あ、それ以前にはワンボードマイコン(懐かしい)なんてのも有りましたがあれは経験有りません。

てな、自分の歴史を死ぬ前(笑)に残しておきたいと思います。

んー 単なる個人のノスタルジーですね。 ま、いいや。

プロフィール

定年おやじ

Author:定年おやじ
定年で暇になり、何かすることは無いかとブログ始めました。
日記をつける習慣が無かったのでブログで何か残したくなりました。
会社人間だった人間が会社から離れると・・・・

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